生きる という長い旅の意味。

ようやく 意味がわかった。ここにささやかな家を建てたことも、

娘と二人きりで移住したことも。
自己を肯定する それが 生きる ということなのだということ。
これを知るためにここに来たのだと思う。
長い人生のほんの1ページか2ページの出来事だけど、
誰のためでもない 自分のために 生きるということ。
そしてその時その時に自分が下した重たい決断には
それなりの重たい理由があるのだということ。
他人には説明し辛いので、適当に上っ面でまっとうな理由を並べるけれど、
本当はもっと深い深いところに 決心の理由はあるのだということ。
 
私は私。誰のためでもない、自分のために生きているのだということ。
私は私のために娘と生き、
娘は娘のために私といきている。
家族全員、そうなのだ。
誰のためにってことはない、自分のために生きているのだ。
家族の役に立たなければ居場所がないところは家ではない。
家族の欲求を満たすことができなければ居場所がないところは家庭ではない。
 
何もしなくても、安心して何もしないでいられる家に育てば、
おのずと自分のために何かを見出して 創造する力が生まれるはずだ。
結果的にそれは家族に喜びや笑顔をもたらすことになる。
それが理想の家庭ではないのかな。
 
気が付くのが遅いけどね。
だんだんと、解けてきた。